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<ノベル>
【第1幕:発進!! 大戦前日】
まだ空気に温かさが残る、午後6時過ぎ。新規オープンを明日に控えたワンダー・バーガーショップの店内に、数人の人物が集まっていた。
「よーし、皆揃ったな? これより、オープン前の最終ミーティングを始める。これが終われば明日のオープンを待つだけとなる。心して臨むように!!」
「サー、イエッサー!!」
「はい!!」
このバーガーショップの店長であるクロフォード・シュタイナー中佐の気合いの入った演説に対し、彼の部下であるジャン・シモンズ少尉26歳が、これまた気合い入った敬礼を返す。
募集に応じて集まり採用されたクルー達も、シモンズ少尉に続く。
グレーの軍服の上から、“ようこそワンダー・バーガーショップへ”と書かれたポップなデザインのエプロンを着用したシュタイナーの姿は、少々異彩を放っていた。黙っていれば美青年の32歳なのだが、その性格と行動で少し損をしているようだ。
「――ということで……で、あるからして………」
ミーティングと言う名の迷演説が始まってから十数分、終わる気配は、まだ無い。
「シュタイナー殿、つまりはどう言う事なんだ?」
口元に手を当てて考え込んでいた岡田が、口を開いた。
「よく言ってくれました、岡田さん!!」
シュタイナーの演説に飽きていたらしいシモンズが、歓喜の表情で岡田を見た。
「はっはははは、シモンズ少尉……君は余程私の神経を逆撫でするのが好きらしいな。よし、いいだろう。腹筋1000回………始め!!」
「サ、サー、イエッサー!!」
シュタイナーの命令に、敬礼をしてすぐさま腹筋を始めるシモンズ。軍隊独特の上下関係のためなのかもしれないが、余計な事を言わなければ腹筋は無かったかもしれない。
「えっと、お客様は神様です。ってことですよね?」
遠慮気味にレオが言う。大きな体に合わせて作った特注の制服だが、それでも少し窮屈そうだ。
「そう、お客様は神様だ。我々はの存在は、お客様に満足していただくためにある。新聞折込のクーポン券を持った方が多く来られると予想されるため、カウンターと厨房の連携は通常以上に大切にな。では、最後に――諸君らは、オープンしてから数日間の嵐を打破するために集められた精鋭部隊だ。宜しく頼むぞ」
満足げに頷きながら、シュタイナーが腕を組む。
「うむ、すまいるを忘れず、頑張るとしよう」
午後の部の岡田が、頷いた。
「うん、僕、頑張るよ!!」
エイエイオー、と腕を上げて見せたのは、午前の部のレオだった。
「私に任せたまえ」
柔らかく紳士的な笑みを浮かべるのは、午後の部のブラックウッド。
「自分には簡単な任務だ」
自信たっぷりに顔を上げたのは、午後の部のシェリダン。
「頑張りますっ!!」
元気いっぱいに手を上げたのは午前の部の七海。そして――
「はぁ〜い」
「そこぉ――!! 語尾を伸ばすなぁ!!」
「きゃっ!? ……はぁい……」
シュタイナーの指摘に、午後の部のニーチェの耳がしおれる様に垂れ下がる。
「シ……シ、シュタイナー中佐……腹筋1000回――終わりま、し……」
「あああぁあぁっ、シモンズさん!!??」
シュタイナーが解散を言い渡し皆が席を立った時、ヨボヨボになったシモンズが起き上がり――そして倒れた。それを見たレオが慌てて駆け寄っていく。
「これが膝が笑っている状態か………初めて見たな」
そんな膝と腹部が笑い悶え倒れているシモンズを、シェリダンがやけに冷静に見下ろしていた。
【第2幕:嵐の到来】
翌日、オープン当日のワンダー・バーガーショップ従業員室。
「おはようございます、皆さん」
「おはようございます!」
元気に挨拶をして従業員出入り口から入ってきたのは、午前の部のレオと七海だ。
「おはよう2人とも。さて、早速だが機材の準備に移ってくれるかな? ああ、フライヤー(揚げ物用機械)は急には使えんから温度設定を頼むよ、レオ君」
「はい、わかりました」
時々、ゴツンと天井にぶつかりながら、レオがフライヤーの準備にかかった。機械と友達という彼は、こういう機械いじりが得意なようだ。とても楽しそうに見える。
「七海さんは自分と一緒に資材の搬入へ行きましょう。あ、重い物自分が持ちますから」
「はいっ」
大きめの台車を出してきて、シモンズが七海を連れて裏の倉庫へと歩いていった。その後ろを制服らしきものを着たバッキーも、ちょこまかと歩いている。
「ん? バッキー……?」
「七海さんのバッキー、シオンですよ。なんでも、一緒に働きたいって連れて来たらしいです。あ、制服はシモンズさんのお手製だそうです」
フライヤーに油を注ぎ入れながら、レオが振り向く。
「む、流石にバッキーに接客は無理だが、マスコットにはなるだろう。可愛いじゃないか。子供達に人気が出るやもしれん」
シュタイナーは、シモンズは意外と器用なんだな。と、出来のいいバッキー用の制服を見て感心している。しかし、実は可愛いもの好きのシモンズがニヤニヤしながら徹夜でバッキー用に型紙から作ってデザインした事までは……知らないようだ。
「よいしょ、っと」
「はい、ご苦労様です。七海さん」
七海とシモンズ、そしてバッキーのシオンが資材の搬入から帰ってきた。シュタイナーとレオも加わり、ペーパーカップ類を所定の位置に出したり、メニュー表を確認したり。後はオープン時刻を待だけとなっていた。
そして、その時はやってくる。
「いらっしゃいませ、おはようございます。こちらのレジへどうぞ!!」
元気に挨拶する七海と、客を誘導するレオ。物珍しそうに、客達がワイワイと入ってくる。
オープン第1日目午前の部は、まだ始まったばかり。
*****
入れ替わり時間間近の、クルールーム。
「はぁー……はぁー……」
「どうしたの七海? 元気無いじゃない」
七海が、奥の従業員室の陰で座りこんでいる。午後の部のクルー1番乗りのニーチェが、見つけて声をかけた。
「だって……い、忙しいのは覚悟してたけど………」
「まぁね………しっかし、大変だったみたいね」
少々乱れた髪の七海は、深い溜息を吐いている。
昼が近づくにつれて増える客、客、客。業界で言うところの“昼ピーク”だ。それはもう、凄い人数だった。しかも皆クーポン券を持っている。
クーポン使用時の注文と応対は、平時とは微妙に異なる。押すレジのキーも、少々複雑になるのだ。そのため、カウンタークルーは打ち間違いのミスにいつも以上に気をつけねばならない。
しかし、今日が平日だったのが救いかもしれない。これが祝祭日ならば、これの比ではないだろう。
「ニーチェ嬢、七海嬢、どうしたんだ?」
「あぁ〜岡田さん、それに皆さん………」
「どうしたんだい、七海君?」
「やつれているように見えるな。そんなに午前は急がしかったのか」
そうこうしている間に、午後の部の男性陣がやってきた。皆、時間短縮の為に制服を中に着て来ているらしく、上着を脱ぎエプロンをし、バイザーを被るだけで準備は終わった。
「七海さ〜ん、ゴミ出し終わりました……って、あれ? 執事?」
「なぁに言ってるの、レオ」
七海に代わってゴミ出しから帰ってきたレオが発した言葉は、およそバーガーショップには関係の無い言葉だった。片耳を少し垂らして、ニーチェがレオを見る。
「あ。ホントだ……執事だ」
顔を上げた七海も、同じ事を言っている。
「だからぁ、執事って何言って―――あ。ブラックウッド!?」
ますます耳を垂らすニーチェは、ブラックウッドを見て固まっている。そんな彼女の視線を追うように、男性陣も彼に視線を移した。
「ブラックウッド殿の格好が、しつじ、という格好なのか?」
岡田は、西洋文化である執事というものにはには疎いらしい。物珍しそうにブラックウッドを眺めている。
「貴方はそれで接客をするのか? まぁ、似合っているが」
シェリダンが言った。ブラックウッドが身に纏っているのは、バーガーショップの制服ではなく、執事の服。燕尾服のように、後ろが眺めの漆黒の衣装だった。
「渋いオジ様って感じ〜。いい男〜」
ニーチェが、黄色い声を上げて喜んでいる。
「シュタイナー殿には許可を貰ってあるので、大丈夫だ。私にはこれがしっくりとくるんだよ」
そう言って、ブラックウッドがフワリと微笑んだ。
「はう〜………」
周りにハートをたくさん飛ばして、ニーチェがはしゃいでいる。
「きっと、まだむきらぁーというやつだな。うむ」
岡田が頷いた。横文字は苦手な岡田だが、何故こういう言葉は知っているのだろう。
「そうだな、しかしマダムだけではなく……おそらく幅広い年齢層の女性客を獲得できるだろう。彼を使って新聞に全面広告を出してはどうだろうか」
シェリダンが提案する。
「きゃ〜!! アタシ絶対買いに行きますぅ〜」
「いや、貴方は従業員だろう……頻繁に会えるだろうに」
クネクネしているニーチェに、シェリダンが突っ込みを入れる。
「頑張って下さいね〜!!」
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
それから少しして、レオと七海は帰っていった。
そして、午後の部が開戦する。
「シュタイナー君、子供が風船が欲しいと――」
ブラックウッドが言った。
「いくらでも渡していい! ああ、岡田さんはラウンド(客席掃除)を!!」
「了解した」
岡田が、消毒液と布巾を持って走っていった。
「チーズバーガーのチーズは抜けるか? とお客様が――」
シェリダンが叫ぶ。
「それはただのハンバーガーだー!! ハンバーガーをお勧めしてくれー!!」
シュタイナーが答える。確かに、チーズを抜けばただのハンバーガーである。
「シュタイナー中佐、シェイク機械の調子が変であります!!」
シモンズが叫んだ。
「直るように祈れー!!」
「そんな! どうして俺、いえ自分にだけ……祈れなんて無茶苦茶であります中佐ぁー!!」
「だぁああぁー、いらっしゃいませー!!」
クロフォード・シュタイナー中佐、ご乱心。
【第3幕:終わりから始まる、始まり】
オープンしてから2週間と少し。この日はクルーの入れ替わりの時間を過ぎても、午前の部のレオと七海がカウンターにいた。
「すまんな……今日は休憩を取りつつだが、結局フルで入ってもらう事に……」
「すみません、レオさん、七海さん……」
ゲッソリとしたシュタイナーとシモンズは、午前の部の2人に頭を下げた。元気がトレードマークの2人だが、今はその欠片すらない。祝日のせいか、今日は平日だが午前だけで通常時の何倍もの客数と売り上げがあった。
「いいですよ。毎回は無理ですけど、今日は仕方ないですよ」
「そうですよー。さ、チャッチャとお客さんをさばきましょう!!」
チョコンと可愛らしく頭を下げてフライヤーにポテトを漬けるレオと、『その代わり後でサイン下さいね〜』と笑いながら商品の袋詰めを手伝う、のんきな七海。
「シュタイナー殿、シモンズ殿、そろそろ厨房を頼む〜!!」
「あ、了解であります!!」
奥の厨房から叫ぶ岡田の声に、シモンズが走って行った。
「よし、戦闘開始だ!!」
シュタイナーが、皆に気合を入れる。そして従業員一同が浮かべるのは、お馴染み、プライスレスのスマイル。
「ようこそ、ワンダー・バーガーショップへ!!」
*****
ドタバタのオープンから3ヵ月後。個性的で、優秀な従業員達が去った後のワンダー・バーガーショップでは……
「シュタイナー中佐、ビーフパティと5号バッグが足りないであります!!」
「何ぃ!? 馬鹿者、あれほど切らすなと言っ……ええい、さっさと裏の倉庫から持って来んかぁぁあぁっ!!」
「サー、イエッサー!!」
「おいちょっと待て、ナゲットと照り焼きパティも切れそうではないか!!
くっ、シュリンプポーションもか!! 夕方の学生襲来ピークが来る前に、ついでに纏めて持って来い!! 」
「サー、イエッサァァアァー!!」
そんな凸凹コンビの叫び声が、一日中響いていたとかいないとか。
混乱はあるものの、順調に繁盛しているようである。
ワンダー・バーガーショップの客の間では、オープン時にいた個性的な従業員達を再び見たいと言う声が囁かれているらしい。
END
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クリエイターコメント | 未熟な文の為に、うまく活躍させて差し上げられなかった参加者様、申し訳ありませんでした。 もっと精進致します……!! まだ構想段階ですが、続編を考えております。 もしよろしければ如何でしょうか? それでは、最後に…… ご参加、ありがとうございました。 また、どこかでお会いできる事を祈りつつ――
■村尾紫月■ |
公開日時 | 2007-09-08(土) 00:00 |
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